この戦争の本質
イランとアメリカ・イスラエルによる戦争が激化している。これは一見すると『中東で繰り返されるいつもの敵対関係』に見えるかもしれない。しかし、この戦争の本質はそこにはない。
この戦争が始まる前、南米ベネズエラではアメリカ軍による内政干渉があった。アメリカは不法移民や麻薬対策という自国の利益だけを最優先し,特別軍事作戦に踏み切った。これには国際法を無視したことに関しての批判が相次いだ。世界中の国々は、同盟国を尊重してきたアメリカの路線変更を悟った。
そして、その流れの行き着いた先が現在のイラン戦争だ。もはやアメリカに国際協調の姿勢はなく、身内であるイスラエルの暴走を止めることもしない。アメリカが国際法を守らないということはその同盟国も同意ととられてしまうということだ。
その姿勢はかつて揺るぎなかった同盟国との信頼関係を根底から揺るがした。大国アメリカの『信頼』の崩壊が進行している。
アメリカはなぜ信頼を手放したのか?
アメリカは今も地球上最強の戦力を保有している。しかし、現在彼らはその強大な力を自国の利益のためだけに行使するようになった。
これが示すのは、軍事面ではなく経済面での支配力低下である。これには、中国・ロシアを中心とする対アメリカネットワークが大きく影響している。
もちろん、アメリカに対抗する国々の連帯は昔から存在した。しかし、かつてのそれは大国の前にひれ伏す『敗者の同盟』に過ぎなかった。しかし、現代の対米網は違う。
中国の経済力とロシアの軍事技術、そしてイランの資源が結びつき、さらに独自の発展を目指す新興国たちがそこに加わっている。
もはやアメリカ抜きでも世界経済は回る。このネットワークの完成こそが、アメリカに『信頼』を手放させ『自国ファースト』を決意させた真の引き金なのである。
破綻したルールと「生存」をかけた利害
この『アメリカの自国ファースト』が最も先鋭化した形で表れている舞台こそ、現在のイラン戦争である。かつてのようにアメリカが仲介役として機能し、国際法というマナーが共有されていた時代は終わった。今そこにあるのは、自国の生存とプライドをかけた、3者のむき出しの利害関係だ。 以下にイラン、アメリカ、イスラエルの利害思想を簡単にまとめた。
イラン:体制を守るための『核カード』を死守したい
イランが頑なに核開発を止めないのは、単なる好戦的な姿勢からではない。彼らにとって核放棄は『国家の死』を意味するからだ。過去の歴史を振り返れば、アメリカを信じて核を捨てたリビアのカダフィ政権は無残に滅ぼされ、一方で国際社会から孤立しても核を持ち続けた北朝鮮は生き残った。
さらに、イスラエルによる日常的な幹部暗殺や工作活動が、その恐怖をきわめてリアルなものにしている。公平な仲介役であるべきアメリカへの不信感が頂点に達している今、イランにとって自国を守るルールは、中国やロシアの経済・軍事バックアップを盾にした「核という絶対的な力」しか残されていない。
アメリカ:身内の防衛と、これ以上の『核ドミノ』を阻止したい
対するアメリカの本音は、2つの相反する欲求の間で揺れている。
1つは、これ以上の中東の小競り合いに『アメリカ人の血と税金』を使いたくないという孤立主義(アメリカ・ファースト)である。2つ目は、イランが核を保有することだけは看過できないということだ。中東のパワーバランスが完全に崩壊し、サウジアラビアなどが連鎖的に核開発へ走る『核ドミノ』が起きれば、中東の米軍基地や権益が直接的な脅威に晒されるからだ。
現状、身内であるイスラエルの安全保障と自国の実利を守るため、圧倒的な軍事力を『力による開発阻止』へと傾けている。そして、自国が独断で始めた戦争に同盟国の支援まで取り付けようとしている。
イスラエル:イランの核は『国家の滅亡』を意味する
そして、この3者の中で最も余裕がないのがイスラエルだ。立国以来、イランから『国家の破壊』を公言されてきた歴史を持つ彼らにとって、イランの核保有は単なる外交問題ではなく、一発で国が消滅しかねない『生存を脅かす最悪のシナリオ』である。
アメリカが外交や国際協調という建前で悠然と時間を消費している間に、イランが核兵器を完成させてしまうことをイスラエルは最も恐れていた。だからこそ、主権を無視したイラン幹部の暗殺を躊躇なく実行し続けた。対話ではなく、力による現状変更の姿勢を示しアメリカを巻き込んでいる。
建前を捨てた大国の行く末
これまでアメリカが掲げていた国際ルールや民主主義という『正義』は、同じ民主主義の同盟国にとっては快適なものだったが、最初からイランのような敵対国からの信頼を得られるものではなかった。それでもかつては、世界を納得させるための『最低限のマナー(建前)』が存在していた。
しかし今、アメリカはそのマナーすら投げ捨て、自国の都合と身内の利益のためにあからさまな力を行使している。ベネズエラでの強硬策や、このイラン戦争で見せる排他的な姿勢がその証拠だ。
盟主としての立場を捨てスタンドプレーを始めたアメリカと、それに怯え、あるいは見限った国々が己の力だけで争いを始める時代。イラン戦争は、私たちが本格的な『不信と多極化の暗黒期』に突入したことを告げる歴史の転換点なのかもしれない。
コメント